私は怒りなのか?それとも怒りを感じている存在なのか?
私は怒っているを英訳すると、”I am angry.”ですね。直訳すると「私は怒りである」となります。はて、私たちは怒りなんでしょうか?
怒り心頭に達して烈火のごとくに怒り狂っているとき、私たちは怒りに巻き込まれています。私=怒りになっているのです。その意味でこの表現はただしのです。その一方で、私たちは怒りを感じているんだと考えることもできます。えっ?同じですって?いえいえ、大きな違いがあるんです。
「私=怒り」なら変えようがありません。私が怒りではなくなるまで待つしかありません。そもそも怒りでなくなるまで待つなんてことを思い出すことさえできないでしょう。
「私が怒りを感じる」なら客観的に怒りを観るチャンスができます♪客観的に怒りを観るとは?「ほほう、私は今怒っているな」そう高い見地から怒りそのものと怒っている私を観察できたなら、怒りを手放すこともできるでしょう。それがマインドフルネスの恩恵です。
